プーマジャージ、スニーカーブランドの意外な始まり。

プーマのジャージとスニーカーがアウトレットやネット通販で人気上昇中。もともとプーマは硬派なサッカーアスリート用スパイクシューズと地味なジャージなど限られたラインの中で着実にファンをつかんできたブランド。プーマといえばペレやマラドーナ、マテウスや三浦カズなどそうそうたるプレーヤーの着用スパイクブランドのイメージが先に立ってきた。だが、ここにきてプーマのスニーカーやピンクのジャージなど以前からするとプーマらしくない商品展開が始まっている。
もともとプーマはアディダスと一体だった、といったら驚くだろうか。今ではプーマとアディダスは「同じドイツあたりの別のブランド」と一般的に思われているけれども、プーマのスニーカーが評価を高めるのは、この二つのブランドのなりたちを知れば十分に納得できる。

プーマのジャージとスニーカー誕生秘話。

プーマはジャージとスニーカー展開がとにかく元気、そもそもの始まりは1924年に遡る。ややこしい名前だけれどアドルフとルドルフ兄弟がゴムを応用した体育館用シューズを開発したのが始まりだ。第二次大戦を控えた当時のドイツの工業進化はすさまじく、その波に乗ってか、プーマスニーカーの前身ともいえるアドルフとルドルフの体育館用シューズは売れに売れた。個人企業のような規模で万単位のシューズの受注をさばいていったのだ。1928年のアムステルダム、1936年のベルリンオリンピックでは出場選手の大多数をユーザーに抱えるスニーカーシューズが人目にうつる事となった。プーマの基礎はこうして出来上がったのだけれども、結局は戦後すぐに兄弟喧嘩が元で分社してしまう。兄アドルフが興したのがアディダス、そして弟ルドルフがプーマブランドを作り出したというわけ。
この兄弟、今ではアウトレットで飛ぶようにピンクのプーマスニーカーやジャージが売れ、ネット通販ではプーマのスニーカーが激安というキーワードで大人気販売されている状況を予想できただろうか?

プーマジャージとスニーカーはノウハウが詰まっている。

プーマのジャージとスニーカー、最近ではカラーバリエーションも豊富になりファッション性・ブランド性も高くなってきた。とはいえ、やはりそこはプーマだ。現在でも世界中に契約サッカーチームを多数抱えているし、ナショナルレベルのサッカーイベントの冠スポンサーも数多い。プーマのスニーカーが売れる土台は、やはり真面目でしっかりした靴作り。世界のサッカーシーンの最前線で戦う足を守ってきたノウハウがプーマのスニーカーの随所に生かされている。当然、ワールドカップでの露出は強烈で人のイメージに残り、そうしたプーマブランドのスニーカーがアウトレットやネット通販で人気が出るというのも自然な循環なのだ。特に女性の間ではプーマロゴを「可愛い」と表現する不思議な傾向が出てから爆発。プーマジャージやスニーカーをファッションとして街着として着こなすトレンドまで出来上がった。これはプーマにとっては意外だったかもしれないが、カラーバリエーションを増やすなどプーマスニーカー改良努力が続いている。アウトレットでの人気は衰える事なく、激安品もネット通販で出回っているから要チェックだ。

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Copyright © 2007 プーマのジャージとスニーカーがストリートで人気。